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箏の音は伝承できるのか:箏用桐材 泉桐材に聞く

日本の代表的な伝統楽器、箏(こと)。その音色を長年支えてきたのが、箏用桐材専門の製材所である泉桐材です。しかし今、日本の箏業界全体が直面する深刻な状況のなかで、同社もまた「廃業状態」での事業継続を余儀なくされています。伝統の音が途絶える危機に瀕しているのです。

今回、箏の職人である中川祐一さんと泉桐材(埼玉県草加市)に赴き、お話をお聞きしました。

泉桐材でのインタビュー
泉博道さんが桐材について語る

会津桐に特化する泉桐材:脈々と続く匠の技と2000面分の在庫

泉桐材の歴史は古く、その祖業は徳川慶喜の時代にまで遡ると言われています。百数十年にわたり、箏の材料となる良質な会津桐の選定と加工に特化し、その匠の技を継承してきました。

箏の音色を決定づける桐材は、育った土壌や環境によって性質が大きく左右されます。一般的な桐は柔らかい木材ですが、会津桐は緻密で硬質な材質を持つのが特徴です。この特性が、楽器として優れた音響効果を生み出す秘訣。さらに、過酷な環境で成長した会津桐の木目は緻密で均等なため、音の通りが非常に良いとされています。舞台での演奏時、遠くの客席まで音がはっきりと届く「遠音(とおね)」と呼ばれる特性に優れているのはそのためです。

会津桐材
木目が均等で美しい会津桐材

そして、箏の材に欠かせないのが、長期間にわたる乾燥です。泉桐材では、通常数年、時には約10年もの歳月をかけて材を寝かせ、じっくりと乾燥させます。この丁寧な工程こそが、箏の安定した音色と耐久性を生み出す土台となるのです。

現在、泉桐材の倉庫には、2,000面分以上もの高級箏用の桐材が眠っています。これらはかつての需要を見越して準備された、日本の箏文化を伝える潜在的な力を秘めた貴重な在庫です。しかし、これらが再び日の目を見るのはいつになるのか、その見通しは決して明るくありません。

桐材の倉庫
2,000面分以上の桐材が眠る倉庫

箏業界の現状:95%の生産量減少と相次ぐ廃業

箏の業界は極めて厳しい状況にあります。過去20年から30年の間に、箏の生産量は95%も減少したといいます。これにより、多くの箏製造元や卸売業者が事業継続を断念し、廃業に追い込まれてきました。かつて多数あった取引先も、現在では数えるほどしか残っていません。

泉桐材自身も、この状況下で「廃業状態」と認識しながらも事業を継続しています。商売としては成り立ちにくい状況でありながらも、高品質な桐材の供給を途絶えさせないため、そして日本の伝統技術を未来に繋ぐために、危機感を抱きながら在庫を抱え続けているのです。

楽器の寿命と流通の変化:新規需要の停滞

箏には楽器としての寿命があり、概ね50年から60年とされています。木材は生き物であり、時間を経るにしたがって水分が抜け、乾燥が進むことで、箏本体の変形や割れが発生しやすくなります。修理で延命できるとはいえ、製造から時間がたてば、木が枯れてしまって音色が変化してしまいます。このため、新しい箏への買い替えが推奨されます。

一方、箏の買い替え市場には変化が生じています。一つは、オンラインを通してフリーマーケットやオークションによって、古い楽器が手に入る機会が増えています。もう一つは、コロナ禍など環境の変化に伴って廃業する先生方が急増しました。その所有していた箏が弟子へと引き継がれるケースが増えており、こうした結果として、新規の箏の発注を減少させる一因となっています。市場に流通する新しい箏が減り、古い箏が受け継がれることで、新たな需要が生まれにくい構造になっているのです。

職人の「耳」と「感覚」:失われゆく匠の技

箏の製造において、桐材の加工は極めて繊細な作業です。特に、箏の甲(こう)と呼ばれる部分の厚み調整は、音色を決定づける重要な工程です。桐材はどれ一つ取っても同じものはなく、同じサイズでも比重が倍以上も違うものもあるといいます。

職人の技
職人の手により彫られた綾杉彫り

箏の職人は、この桐材を叩いて音を聴き、その響きから材の比重を感覚で測ります。そして、最も良い音が出るように甲の厚みを調整し、最終的に箏全体の重さがおよそ5kgから6kg程度になるように仕上げていくのです。この「鳴る厚み」に調整する工程は、職人の長年の経験と研ぎ澄まされた感覚に裏打ちされており、現状では機械では再現できていません。しかし、この高度な技術を持つ箏の職人は、残念ながら減少の一途をたどっています。

伝統を彩る素材の枯渇:象牙と紅木の厳しい現実

箏の音色と美しさを彩る部品には、かつて象牙や紅木といった天然素材が使われてきました。象牙は適度な弾力があり、豊かな音を奏で、紅木は重厚で澄んだ音を生み出すため、好まれてきました。

蒔絵細工
泉博道さんの蒔絵細工

しかし近年、これらの原材料はワシントン条約によって流通が厳しく規制されています。例えば、象牙はアフリカゾウの保護のため、紅木はその希少性から、国際的な取引が極めて困難になっています。

これにより、これらの素材は既に入手しづらくなっており、近い将来、これらの素材を繊細に加工できる職人そのものが存在しなくなるかもしれません。伝統楽器の美と音色を支えてきたかけがえのない素材と、それを扱う匠の技が、今、同時に失われようとしているのです。

伝統産業の岐路:次代へつなぐために

このまま箏の生産量の減少が続き、職人の高齢化や後継者不足は待ったなしの状態です。今、手を打たなければ、泉桐材のような材料供給元、ひいては箏を作る技術そのものが失われることは避けられません。楽器としての寿命を考慮すれば、将来的な需要に応えるための供給体制を維持することは極めて重要です。

日本の伝統楽器である箏の未来は、製造から材料供給に至るまで、業界全体の存続にかかっています。泉桐材の現状は、日本の伝統文化を支える職人たちの厳しい現実と、文化継承の難しさを指し示しています。

古いものを大切にする精神こそ尊いものの、楽器本来の旬を大切にし、循環させることで、業界が健全化し、活性化するのではないでしょうか。

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